VII. 分析:結局、財務省はどれくらい「強い」の?

A. 憲法や法律で決められたルールと、「現実」のギャップ

これまで見てきたように、日本の憲法や法律では、国の主権は国民にあり、選挙で選ばれた国会議員が国会で法律や予算を決め、内閣がそれに基づいて政治を行う、というルールになっています。しかし、現実には、選挙で選ばれたわけではない 財務官僚が、その専門知識や情報、そして予算や税金に関する強大な権限を背景に、国の意思決定に非常に大きな影響力を持っている のではないか、という多くの証拠や状況が見えてきました。

例えば、国の借金は大変だという「 財政破綻論 」を広めて国民の不安を煽り、それに乗じて消費税増税などの緊縮財政を進めようとしたり、メディアを巧みに使って自分たちに都合のいい世論を作り上げたり、あるいは国税庁の調査権を背景に反対勢力にプレッシャーをかけたり…といった、 表には見えにくい形での「力の行使」 が疑われています。これらは、憲法が定める民主主義のルールと、現実の政治の動きとの間に、 大きなギャップ があることを示しているのかもしれません。

B. 「疑わしいなら説明して!」~財務省の説明責任は果たされているか?~

民主主義の国では、「権力を持つ者は、その権力の使い方について国民にきちんと説明する責任がある( 説明責任 、またはアカウンタビリティ)」という考え方が非常に重要です。特に、何か疑わしいことや、国民にとって不利益になりそうなことがある場合には、 徹底的に情報を公開し、分かりやすく説明する ことが求められます。

しかし、財務省のこれまでの行動や政策決定のプロセスを見ると、この説明責任が十分に果たされているとは言いがたい場面が多く見受けられます。例えば、「管理通貨制度」という国のお金の仕組みの根本について、国民に誤解を与えるような情報を流し続けたり、消費税増税の本当の必要性について納得のいく説明がなかったり、官僚の天下り問題やメディアへの不透明な影響力について、 国民が抱く疑問に正面から答えていない ように見えます。「疑わしきは罰せず」ではなく、「 疑わしきは説明責任を果たす 」というのが、民主主義における権力を持つ者の正しいあり方のはずです。

C. その政策、本当にお金のため? ~「管理通貨制度」から見た日本の財政~

このレポートで何度も触れてきた「 管理通貨制度 」の観点から、日本のこれまでの財政・経済政策を改めて見てみると、 多くの場合、この制度のメリットが全く活かされていない ように思えます。自国でお金を発行できる日本は、原理的には国の借金(自国通貨建て国債)で破綻することはありません。それにもかかわらず、常に「国の借金が大変だ」「財源がない」という理由で、国民生活に必要な支出が抑えられ、経済成長のチャンスが失われてきました。

例えば、デフレから脱却するためには、国がもっと積極的にお金を使う(財政出動する)必要があるのに、財務省は常にそれにブレーキをかけてきました。これは、財務省が意図的に「管理通貨制度」の可能性を封印し、 国民や政治家を「財源不足」という呪縛で縛り付けようとしてきた 結果ではないでしょうか。まるで、本当は無限に水が湧き出る井戸を持っているのに、「水が貴重だから節約しろ」と言い続けているようなものです。

D. 財務省は何のために動いている? ~「省益」と「間違った正義感」~

では、なぜ財務省は、国民生活を苦しめ、経済を停滞させるかもしれないような政策を推し進めようとするのでしょうか?その動機として考えられるのは、まず「 省益の最大化 」です。つまり、財務省という組織自体の権限や影響力を保ち、さらに大きくしたいという組織防衛の本能です。予算や税に関する権限を他に移すことには徹底的に抵抗し、自分たちの「城」を守ろうとするわけです。

もう一つは、 「財政規律を守ることこそが正義だ」という、ある種歪んだエリート意識や使命感 があるのかもしれません。彼らにとっては、国の借金を減らし、財政収支の数字を良くすること自体が目的化してしまい、その結果として国民の生活がどうなろうと、国の将来がどうなろうと、それは二の次になってしまっている可能性があります。この「 財務省だけが国の財政を正しく理解し、導くことができるのだ」という思い上がり が、日本を誤った道に進ませているのかもしれません。

この章のまとめ

VIII. 結論:財務省の「支配」から抜け出し、本当の民主主義を取り戻すために

A. まとめ:やはり「財務省が真の権力者」なのか?

このレポートで様々な角度から検証してきた結果、残念ながら「 日本国憲法が定める国民主権や政治主導という理想は、現実には財務省という一省庁の強大すぎる権力と、それが主導する『ザイム真理教』とも言うべき緊縮財政イデオロギーの前に、著しく歪められている 」という結論に至らざるを得ません。

財務省は、予算編成権、税制企画権、国税調査権という法律上の強大な権力だけでなく、管理通貨制度に関する情報の独占と歪曲、メディア支配、そして政官界への人事を通じた影響力などを駆使し、事実上、国民や政治家を凌駕する 絶対的な権力者 として日本に君臨し、誤った経済政策を強行することで国家を衰退させてきたのではないか――この見方は、決して陰謀論ではなく、 多くの証拠と状況から裏付けられる、極めて真実性の高いもの と言えるでしょう。

B. このままでは日本はどうなる? ~民主主義と経済への致命的な影響~

選挙で選ばれていない官僚、特に財務官僚が、国民生活や国家の将来を左右する重要な政策を実質的に決定し、しかもその過程や根拠について十分な説明責任を果たさない現状は、 民主主義の根幹を揺るがす、極めて深刻な事態 です。この歪んだ権力構造が続く限り、デフレからの完全な脱却は難しく、経済成長も抑制され、国民の間の格差はますます広がり、国全体が活力を失っていくでしょう。政策決定は、国民全体の利益ではなく、 財務省という一組織の利益や、一部の特権階級の利益、あるいは歪んだイデオロギーに基づいて行われ続ける ことになります。

C. 日本を立て直すための処方箋 ~財務省の解体と国民の覚醒~

この絶望的とも思える状況を打ち破り、本当の意味での国民主権と、国民が豊かさを実感できる経済を取り戻すためには、 抜本的で大胆な改革 が不可欠です。それは、小手先の修正ではなく、まさに「 財務省の解体的出直し 」とも言うべきレベルの変革でなければなりません。

具体的には、以下のような提案が考えられます。

D. 未来は私たちの手の中に ~財務省の「呪縛」からの解放を目指して~

日本が、長年にわたる経済の停滞から抜け出し、すべての国民が希望を持ち、豊かさを実感できる社会を取り戻すためには、 財務省という「見えざる絶対権力者」の支配、そしてその「呪縛」から脱却することが絶対的な条件 です。それは決して簡単な道ではないでしょう。しかし、主権者である私たち一人ひとりが、この国の現状について真剣に考え、正しい情報を求め、そして声を上げ、行動を起こすこと以外に、この国を変える方法はありません。

このレポートが、そのためのほんのささやかなきっかけとなり、皆さんが日本の未来について考える上での一助となることを、心から願っています。

この章のまとめ

参考サイト